「わたしを生きる」という契約 -All of Me: autobiography-

第2章:自分の力で生きていきたい

中学校は、端的に表すなら、
「テストで良い順位を取ることで
自分の能力を証明する場所」だった。

あとは部活。
わたしを無視する人たちがいる部活。

そう、今思うのは、
ひどく扱われることで
自分を痛めつけることを
正当化していたような気がする。

わかりやすくひどく扱ってくれる場所がなければ、
ほかに「わたしなんて」と言う場所は家しかなかっただろうから。
そして家には居場所がなかった。
自分を貶めてくれる場所が必要だったのだ。


クラスメイトが人間関係のトラブルから保健室登校になり、
よく彼女のところに給食を運んだ。

僕らはみんな生きている 生きているから食べるんだ

と替え歌を歌いながら。
そう、生きているから食べるのだ。

胃ろうとか、そういうものはまだ知らなかった。
だから他意はまったくない。食べるから生きていける。

授業をサボって保健室や
カウンセリングルームにいることも多かった。
タバコもお酒も不純異性交遊もなかったけれど、
それなりにワルである。


とにかく、強くなりたかった。
強くありたかった。
一人でも生きていけるくらい。
どんな困難にも立ち向かえるくらい。

伝記で読むような、
テレビで特集を組まれるようなすごい人たちは、
いろんな苦難を乗り越えてそこにたどり着いたのだ。

衣食住に困らず、
大した苦労もしていない自分の、
なんとみじめなことか。

わたしはわかりやすい不幸に飢えていたのだろう。

わかりやすく不幸なところから、
わかりやすく大きな困難を乗り越えて、
誰にでもわかるような何かを成し遂げたかった。

こうやって書き綴っているだけでも、
十二分どころか二十分に生きづらそうなわたしは、
恵まれた環境で自分が生きていることが憎かった。

合唱部

中一の時に初めて行ったカラオケで、
友達が歌をものすごく褒めてくれた。

「歌手になればいいのに」だったか
「歌手みたい」だったかは覚えていないけれど、
その気になった。

ただ、歌い方にクセがあると母に言われて、
ここならクセが治るのではないかと
合唱部に途中入部した。

結果、浮いた。
二年生からの途中入部は、
既に人間関係ができていた同学年の子たちには、
迷惑だったのかもしれない。

その中で特に一人の子に徹底的に無視されて、
時に周りも巻き込んで無視されて、
また死にたくなったのだけれど。

「これで死んでも葬式には出ないよ」と
小学校から付き合いのあった部長に言われて
「じゃあ今死ぬのはやめよう」と思った。

自分が死んで悲しまれないなら、
死ぬ意味がなかったから。
とにかく爪痕を残したかったのだ。
……まあ、今も変わらないかな、それは。


死ぬのはやめようと決めたとしても、
無視される日々が続くことには変わりなく。

なぜ無視するのかと聞けば
「被害妄想だろう」と言われ、
窓の外を見れば「寂しそうな顔しやがって」と言われ。
いや、目の体操でピントを遠くに合わせていただけなんだけど、本当に、純粋に。

小学校の時のそれと違って、
わたしに非があったのかは未だによくわからない。
ただ、

「みんなと仲良くしなきゃ。あの子とも仲良く」

わたしは仲良くなろうと必死だった。
その点、彼女のほうが自分に正直だった。

「あんたとは合わない」

そうすっぱり言える潔さは、
今思い出しても羨ましいけど、
いやお前もう少し努力しろよという気持ちもある。

そして、入部した目的でもある
肝心の歌い方が直ったのかは良くわからない。

どちらかというと、
裏声で歌っているつもりが地声が混ざっている
ーー今でいうミックスボイスだと
言われたのが一番印象的だった気がする。


小学校も、中学校でも、
結局部活は卒業までやめなかった。

やめたら負ける気がしていたからだと思っていたけど、
やめた後に自分がいないところで
何かを言われるのが嫌だった。
悪く言われるのが嫌だった。

そう、知らないのが嫌だった、
結局はそれに尽きるのかもしれない。

自分の力で生きていきたい

大人になる前に消えたいと願いつつも、
未来のことは同時に考えるわけで。
消える度胸がないと言えばそれまでだけど。

大人になりたくないというのは、
わたしの中では大人に頼りたくないということでもあった。

根本にあるのは、
「自分の能力で生きていきたい」そんな思いだった。

小中と学校の勉強はできたから、
上の方の高校に行って、良い大学に行って……

そんな将来を夢見ると同時に、
高校には行かずに家を出て、
ひっそりと自力で一から成り上がってやりたい
という気持ちもあった。

それはどちらも、自分の能力を証明する手段だった。

両親から愛情はちゃんと注いでもらっていた。
それでも、とても冷たい言い方をしてしまうのであれば、
わたしが欲しい愛の形ではなかった。

やりたいことを無条件にやらせてもらえる、信用してもらえる。
それがわたしが欲しい愛情だった。


わたしは、自分で「大丈夫だろう」と思っていたことが、
見積もりが甘すぎて計画通りにできない子どもだった。
たとえば早く寝ると言いながら結局寝るのが遅い、とか。

体調がいまいちかなー、くらいで
「大丈夫」と言っていたのに
後々ガクンと悪くなるとか。

そんなこんなで。

「あなたの『大丈夫』はあてにならない」
と、親にも、妹たちにも言われてきた。

あははと誤魔化して笑いながら、
わたしの心はボロボロだった。

だってできると、間に合うと思っていたんだもの。

ちなみに時間感覚は大人になった今でも、
マシにはなったが治ったわけではない。


まったく信用されていなかったわけではない。

でも、わたしが欲しかったのは、
わたしがどれだけ見誤っても貶さないことであり、
全幅の信頼だった。
背中を押して欲しかったのだ。

そして、四人の子どもを育てる両親に
これを求めることは難しかった。

四者四様の「求める愛」に完璧に応えることなんて、土台無理。
わたしが両親の立場でも、無理。

……わたしにとっては、家は居場所ではなかった。

好きなものを買ってもらえるとか。
友達同士でディズニーランドに行って、
クローズまで遊んでも良いとか。
わたしはそういうのが欲しかった。

他の友達は家の人が迎えにきてくれたりしていた。
でも、妹も弟もいる我が家では、
現実的にできることではなかった。

子どもの頃の抑圧が、
大人になり制限が外れてから爆発する人を見るけれど、
それはその通りだと思う。

わたしが欲しいものは全幅の信頼であり、自由だった。

自分のことは自分で決めたかったし、
やりたいことは全てやりたかった。

そしてそれは、お金があればだいたい解決することに思えた。

……だから、何もないところから積み上げて成功することも、
俗に言うバリキャリとして稼ぎまくることも、
お金を得るという意味であの頃のわたしには同義だったのだ。

お金では愛情は買えない。
けれど、わたしは目に見えない愛よりも、
目に見えるものが欲しい子どもだった。
それだけだ。

「あの頃支えてくれたものたち」

十代のわたしを支えてくれたのは、
音楽と深夜ラジオ、
物語とインターネットだった。

自分のお年玉も出して
CDラジカセを買ってもらったのは小学六年生。

ラジオやテレビで知った曲を
レンタルCDショップで借りてきて、
歌詞をルーズリーフに必死に写すようになった。
写して、写して、
ほどなくして、自分でも詩を書き始めた。


好きなアニメの原作を買ったり、
出演する声優さんのラジオを聴いたり。
一時は声優になりたいと思うほどには、
アニメの世界にどっぷりとはまっていた。

現実にありえない現象や出来事が
物語の中で展開されることで、
現実から距離を置けていたのかもしれない。


そして初めて物語を書いたのは、
小学三年生の時。

片思いをしていた男の子と
手を繋いだりする可愛らしい四コマ漫画。

ティーンズ向けの恋愛小説を友達に借りてから、
書くのは物語になった。

中学校ではレポート用紙を
授業のノートの下に置いて、
退屈な授業はずっと小説を書いていた。

人様が書く物語は
自分が思いもしない展開や
結末を迎えることがあったけれど、
わたしが生み出す物語は、
わたしが思う理想の展開、
理想の結末を描ける。

わたしがこの手で生み出す物語は、
わたしを裏切らない。

ムカつくやつには刃を立てたし、
泣き叫んで心情を吐露する場面もあった。

わたしの物語を生きる女の子たちは、
平然と「壊した」。
わたしの分まで、思い通りにならないものをたくさん壊してくれた。

この子たちがいなければ、
わたしはどうなっていただろうか。

他の何かを壊すよりまず、
自分を壊した気がする。
だって、消えたい女の子だったから。


インターネットは
中学二年生くらいから使い始めた。
掲示板に悩みを書き込んだりした。

電話代が大変なことになって怒られた。

勉強そっちのけで
タイピングソフトを特訓し、
ブラインドタッチをマスターした。
画面すら見ずに、かなり正確なキータッチができるようになった。

インターネットがまだそこまで普及していない時代の話。
今とは違う意味で親は心配していたかもしれない。

でも、インターネットがなかったら。
それはそれでわたしは自分をもっと壊していたかもしれない。
なぜなら。

心に鍵をかけても。
どれだけ画面の向こうに自分の想いを打ち明けても。

小学生の時に担任と交換ノートという
日記を書いていた延長線上で、
毎日のようにノートに書く日記が習慣になっていても。

わたしはわたしが嫌いで、
お前なんてと呪詛を吐いて、
自分の心を切りつけ、刺し貫き続けていたから。

わたしの視界のすみっこには、
縫い合わせた痕だらけの赤黒い心がずっとあった。

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