「わたしを生きる」という契約 -All of Me: autobiography-

第1章:知りたガールと疫病神

わたしは、子どもの頃から好奇心が旺盛だった。
知らないことがあるのが許せないくらい、
何でも知っていたかった。

全知全能の神様になりたいと本気で思ってた。
同時にものすごく知ったかぶりでもあった。

全てを知ることは不可能と観念したのと、
「無知の知」という言葉があることを知ったのは十代の後半。

何でも知っていたかったわたしは、
友達の話にも割って入ることもしばしば。
その結果、爪弾きにあい仲間はずれにされた。
仲間はずれの理由を尋ねた時に
「すぐ話に入ってくるから」と言われた。

……大人になってから冷静に考えれば当然だとわかるけれど、
小学生のわたしにはまだわからなかった。
うん、そりゃ相手にしたくなくなるわ。

人間関係には、子どもの頃から苦労した。

距離感をうまく測れず、
近付きすぎて煙たがられ距離を置かれたり、
逆に近すぎる距離にじっと耐えた結果、
我慢の限界を超えて爆発してしまったり。


小学校の時に仲が良かった
「私たち親友だね」と言ってくれた子が、
数年後に目も合わせてくれなくなってしまってから、
わたしは自分の辞書から“親友”という言葉を消した。

わたし基準で定義する“親友”は、
たぶん一般的に親友と呼びあう間柄よりも
ずっと濃くて、ずっと重い。
鉛より重い、プラチナくらい重い。
友達ですら重い(一対一で深い話ができるか)。

どこかのスイーツですか、と
言いたくなるレベルで
「ズットモ」なんて言葉にも縁がない。

それは、季節も、人との関係も、
全ては移り変わっていくものだと思っているから。

「わたしは自分を変えたい、
変わりたいと思っているのに、
周りに変わらないでいて欲しいと願い、
変わらないことを望むのは傲慢だ」と、
ある時に気が付いて。

だから「ずっと」も「絶対」も、
わたしの中には、あるけれど、ない。
「約束」をすることも、怖い。

屋号の“⁠ink”に込めた「自分自身との契約」は、
誓いでもあり鎖でもある。

わたしのせいで

小学校三年生か四年生の頃。
家族や親戚と海に行った。
何度も行ったことがある海。
小さい時に行った写真を眺めながら楽しみにしていた海。

ところが海に着いたら、
その日は天気が悪く海も冷たくて。

「海はやめてプールにしよう」と
大人たちに言われたけれど、
どうしても海に入りたくて。
だってすごく楽しみにしてたから。

わたしがだだをこねにこねて、
冷たい海でみんなで遊んだ。

その結果。
妹が肺炎で入院することになって。
まだ三歳くらいの小さな妹が、
わたしのせいで肺炎になってしまった。
わたしが絶対に海で遊びたいなんて言ったから。

わたしのせいで。
わたしがわがままを言わなければ。


知りたがりで話に割って入った結果、
爪弾きにあった話。
あれは小学校の部活の出来事で。

教室では普通に話してくれる子が、
放課後の部活ではまるで相手にしてくれない。

“自殺する人の気持ちがわかる”

担任との交換ノートにそう書いたら、
そこから一気に話が大きくなって、
わたしを直接無視してない同学年の子たちも含めて、
全員が顧問に呼ばれて叱られた。

(自殺する人の気持ちがわかると書いたのは
誇張でもなんでもなく、
本当に死にたいと思って書いた)

その時は謝られて終わったけれど、
数年後にふと思い出した。

「……わたしも、あの子をムカつくって言ってハブってなかったか?」
「だとしたら、わたしが受けた仕打ちは当然のことなのでは?」
「わたしだって悪いのに、いざ自分がされて声を上げたから、言ったもの勝ちになってしまった?」

それに気付いたのは、中学校の部活で、同じようなことを繰り返した時だった。

わたしのせいで。
わたしが大げさにしなければ。


またこの頃、中三になる直前になって
家族の一言で難関校を受験しようと決意した。

それは、「この高校に行けたらかっこいいね」なんて
軽い気持ちで言ったことだったのかもしれない。

けれど、お世辞をお世辞と見抜けない、
言われた言葉を額面通りにしか受け取れないわたしは、
それを真に受けたのだ。

毎月の塾代に夏期冬期講習、
おまけにピアノも習っていたわたしは、
この一年間で相当なお金を溶かした
(一方で、これは発言によって発生した
授業料とも言えると、親になった今は思う)。

学校の定期テストでは学年一桁が取れていたとしても、
難関校の受験は別物。

中三の一年間は、部活の人間関係と、
いざ飛び込んでみた受験戦争に
こてんぱんに叩きのめされて、
精神状態がぐちゃぐちゃになり、
受験に失敗。

結局進学したのは、
塾に行かなくても入れたであろう公立校だった。

わたしのせいで。
わたしが乗せられて勝手にその気になったから。

……ああ、わたしは人を不幸にしかしないんだな。
わたしは、疫病神なんだ。

だからわたしは自分の心に鍵をかけた。
布団の中で、両手で握りしめた見えない鍵を
実際に自分に突き立てて。

しっかりと、鍵を回した。

「大人になりたくない」

子どもの頃はフロンガスとオゾンホールについて
テレビで頻繁に取り上げられていた。

「環境を壊すことしかしない人類が地球に生まれた意味ってなんだ?」
「人類が滅亡した方が、地球のためなんじゃないのか?」
「わたしなんていない方が良いんじゃないのか?」

別々のところから拾い集めた細い糸が、
より合わさって太くなっていく。

大人が嫌い。
調子のいいことばかり言うから。

大人になりたくない。
社会の歯車になりたくない。

わたしはもう、大人になる前に消えたかった。

「大人は調子のいいことばかり言う」

小六の時。
部活の大会の前日に曽祖母が亡くなった。

母と一緒に明日の大会には出られないと
顧問に言いに行った時、顧問は言った。

「さあやがいないと困る」

他の子たちは名前で呼ぶこともあったけど、
わたしのことはずっと苗字で呼んでいた顧問が、
母がいる前でわたしの名前を初めて呼び捨てにした。

抱いたのは、少しの嬉しさと違和感。
それは、時間とともに、
圧倒的な嫌悪感に変わった。

持久力もない、ろくに得点もできない、
最高学年で背が高いからメンバーに入ってるにすぎないわたしを、
ここで名前を呼ぶことで絆そうとするのか。

「良い顔をする」というのは
こういうことなのだと、
心に刻んだ瞬間だった。


そして、中学の部活の顧問も、
他校の顧問の前で同じようなことをした。

「大人は信用ならない」

その思いが、三年越しにより強まった。

それ以降、わたしは大人を大人だからという理由で敬うことをやめた。
教師も、本人の前では「先生」と呼んで、
それ以外のところでは「さん」付けで呼んだ。
呼び捨てにしていなかっただけマシだったんだろう。

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