「わたしを生きる」という契約 -All of Me: autobiography-

bonus: 卒業生の言葉

去年の4月、3年生になる直前に、中学校時代の同級生が事故で亡くなりました。彼女は高校には行かず、家の大工の手伝いをしていたのですが、解体作業中に4階から転落して、即死だったようです。

私は今までどうしようもなく辛くなると「死んでしまいたい」と思ったり、
実際に死のうとしてみた事もありました。ですが彼女の死を境に、
自分で自分をあの世に連れて行くのはやめようと心に決めました。

“私たちは生かされている”この言葉はまどみちおさんの詩の一節です。
「生きている」ではなく「生かされている」。4年前にこの詞(ことば)に出会って以来、私の生に対する観念が変わりました。そして去年、新しく死を目前にして、改めてこの言葉について考えるようになりました。

「私は何に生かされているのか」を。

空気、水、それから家族に友達。今まで一度でも私と関わった人。
その存在によって、今、自分がこうやって存在できる。
これが「生かされている」事なのかな、と私は考えています。

もうひとつ、私を生かしてくれている身近なものは、自分の“心臓”だと思います。どんな時も休まずに、私の身体すみずみにまで赤い血を運んでくれる。起きている時も、眠っている時も、私の意識とは関係なく。
たとえば、頭で「もう死ぬんだろうな」と思っても、心臓は血液を全身に送り出し続ける。理由はひとつ、「生きるために」。
人間には途中で勝負を投げる事がありますが、心臓にはありません。
止まってしまったらこの身体は死んでしまうから。
心臓は意思を持ちませんが、とにかくひたすら働き続けています。

心臓みたいに全く休まずに働くのは私にはムリ。
でも、私のために頑張ってくれている心臓に少しでも見合うような、
そんな生き方をしたいと思います。
身体の中を流れる血をめいっぱい使って、あたし自身が、それからこの身体が、生きてて嬉しくなるような生き方を、あたしはしたいと思います。

最後に、私はこの3年間を通して、
 ・何事も考え次第だという事と、
 ・ルーズになる事、妥協する事を覚えました。
そして、何よりも
 ・“一期一会”という言葉を、かみしめるようになりました。

辛かった時に側にいてくれた友達、
ムカッとくる言葉を浴びせて下さった先生、
つまらなくてやめる事も考えていた高校生活を180°変えてくれた文化系。
全部、大切な思い出です。

卒業生にとっても、1・2年生にとっても、先生方や保護者の方々にとっても、この高校で生活した時間、この高校に携わった時間が、
何物にも代え難い大切なものになりますように。そう、願っています。

3年間、本当にありがとうございました。

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