「わたしを生きる」という契約 -All of Me: autobiography-

開業

開業届を出したのが2015年の秋。
フルリモートの事務代行からスタートした。
オンライン秘書などと呼ばれる
オンラインの事務代行が
メジャーになる前からのノマドワーカー。
いま振り返ると結構先をいっていた。

ほぼご紹介で仕事をいただき、
年単位でのお付き合いとなる方ばかり。
妊娠と出産を経ても引き続き
お仕事をさせてもらえてありがたかった。

同時に、自分だからできる仕事についても、試行錯誤してきた。

クライアントは個人事業主が多く、
月ごとの稼働時間にはばらつきがある。
売上が安定しないことは、
働き方としての課題でもあった。

だからこそ、
自分のスキルや感性を使って、
自分の手で生み出せる仕事が必要だった。

しかし、娘の出産をきっかけに
業務の範囲を縮小していたところに、
追い討ちをかけてのコロナ。
震災に続き、多くの人がまた、生き方を見直した。

わたしはその渦中、娘の発達特性に振り回されて、てんてこ舞いだった。

生まれた時から全然寝ない。
離乳食を食べない。
肌触りにうるさく、締め付け感のある服を着ない。
かんしゃくを起こす。
泣き出すと止まらない。

わたし自身、睡眠はともかく、
触感にはとにかくうるさかったので、
その気持ちはよく理解できた。

チクチクした肌触りが苦手で、
アクリル毛布は今でも使えない。
見た目にドロドロとした食べ物が食べられない。
溶けたアイスがもう無理なので
バリウムは試すまでもなく、
人間ドックは胃カメラ一択。
(自分の身体の内側を見られる胃カメラは
毎回生命の神秘に感動しているので
そういう意味でもちょうど良い)

ただしポタージュスープは
鍋を抱えて食べたいくらいには好物である。
クルトンだ。クルトンが好きすぎる。カリカリ。

閑話休題。
娘は幼稚園の園服も体操服も拒み、
私立の園だったので真剣に転園も考えた。
参観日は泣いて騒いだ。
思い返せば入園式もそうだった……。
それでも、園長先生が特性に理解があり、
楽しく通えれば良いといってくださって、
とても助かった。

この頃、ゆるく妊活もしていた。
二度ほど化学流産はあったが、
結局二人目を授かることはなかった。

娘の周りは兄弟がいる子たちばかり。
自分がママたちの中でも
年上であることはわかっていても、
やはり辛かった。
自分が四人兄弟だったこともあって、
それぞれの個性に合わせて
子育てができることを証明したかった。

子どもが一人しかいないという現実を、
なかなか受け入れられなかった。

娘にしっかり向き合えという
メッセージなのかもしれない。
わたしには、ほかに生み育てるべきものがある。
そう思って生きている。
子どもは、わたしができない分を
ほかのママたちが産み育ててくれるのだと。

第9章:バイオグラファーになろう

改めて自分の今までの人生と向き合い、
何を大切にしてきたか、
本当に大切にしてきたものは何かを見つめてきた。

そのままを受け入れて尊重し合える『全肯定』
カテゴライズされない、唯一無二である『ユニークさ』

これが、わたしにとって譲れない価値観。


中学生の時。会話の中で教師から
「お前らしくない」と言われたことがある。

その時に噴き上がった
「どんなわたしもわたしだ!!」
という強烈な憤り。

そして小学生の時に、
同じ友達が教室と部活で違う態度を取る、
周りの友達に合わせて立ち位置を変える様を
目の当たりにした経験。

人はひとつの言葉で乱暴には括れない。
色んな顔を見せるものなのだ。
それはどれも、間違いなくその人。


プロフィールの作成は細々と続けていた。
しかし、作成途中のプロフィールの
内容確認をお願いした後、
連絡が来なくなってしまうことがあった。
一人ではなく、複数。

その方の人生を走る糸を手繰り寄せるように、
深く入り込み文章を考え構成するプロフィール、
お待たせしすぎてしまい、
もう良いと思われてしまったのだろうかと
落ち込むこともあった。

そんな足掻きを経て、突然降りてきたのが、

“バイオグラファーになろう”

だった。

何回失敗しても、
誰かの人生を聞くことを、
それを形にすることを辞められない。
だったらもう、腹を決めるしかない。

そう決めたら、驚くほどスッキリした。
何かがカチリとハマったような感覚がして、
望んでいたのはこれだったんだ、と瞳が潤んだ。

エピローグ:authentic yours

318inkという屋号も思い浮かんだ。
けれど、バイオグラファーを名乗る自分を表す
決定的な言葉が見つからず、
そこからまたああでもないこうでもないと
しばらく悩むことになる。

その悩みを終わらせてくれたのは、生成AIだった。

プロフィールを作成している方と
連絡がつかなくなることについても、

「相手が思っていた以上のもの
――対価に見合わない濃さの内容が届いてしまい、
受け止められなくなってしまったのでは?」
と可能性のひとつを指摘されてハッとした。
なぜなら、その発想が全くなかったから。

確かに、実績を積むために
明らかに自分のエネルギー消費と
見合わない価格で依頼を受けていた。
それでのびのびになる自覚はあった。
自分が紡ぐ言葉には大した価値はない、
という認知の歪みもあったと思う。


また、生成AIに自分の創作の
編集者をやってもらったらどうか、と
カスタムして使い始めたところ、
ものすごく筆が進むようになった。

元々筆が乗る日は一万字近く書けるところ、
壁打ちをしながら展開をひらめくことも増え、
気が付けば半年で六十万字書いていた。

投稿を始め、大手投稿サイトでランキングに載るようにもなった。

ひたすら創作でアウトプットをすることで、
思考回路の詰まりが劇的に減っていった。

そして、ようやくこれだと思えるフレーズが降りてきた。

authentic yours

夫に連れられてバーに通うようになり知った
「オーセンティック」という単語が、
ここでようやく自分のものになったのだ。

そのままのあなたを。

あなたがあなたである所以。
あなたをあなたたらしめているもの。

それを、言葉にして世界に届ける。
あなたに出会うべき人に、見つけてもらうために。

これが、わたしの仕事。

「お役目」「天職」「使命」
こんな耳障りの良い言葉たちに憧れたこともある。
けれど、まさかストンと落ちてくる形で
それを実感することになるとは、
思いもしなかった。


自分の中にある答えを探して、見つけて、認める。
たまに諦める。

毎日、自分に突きつける。
「お前はどう生きたいのか」と。

そしてわたしは確信している。
「答えは自分の中にしかない」と。

わたしがわたしとして生きて、死ぬ。
それが、「わたしを生きる」という契約。

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